越谷市の歴史

上空からの越谷市

埼玉県の東南部に位置する越谷市は人口は約34万人で県内63市町村中第5位。「水と緑と太陽に恵まれた人と地域が支える安全・安心・快適都市」を将来像に据えて、東京近郊のベッドタウンとして現在も発展し続けています。鉄道や幹線道路が市の南北・東西に走るアクセスに優れたまちです。

その歴史を遡ると江戸時代に日光街道の宿場町の一つである越ヶ谷宿として栄え、慶長17年(1612年)以前までは元荒川の右岸側が武蔵国埼玉郡(埼西郡)、左岸側が下総国葛飾郡であり、元荒川に跨る形で宿場町が整備された。右岸側の越ヶ谷町と左岸側の大沢町に跨る形で宿場町があったものの、両町の伝馬機構は一体化されており、交通上は両町を合わせて越ヶ谷宿とされていました。
また、元荒川、中川、綾瀬川、古利根川、新方川(千間堀)、逆川など、多くの河川が市内に流れていることから、かつては「水郷こしがや」と呼ばれていました。江戸から北に約25kmにあり、東北や上信越方面との中継地点でもあった越谷は交通の要衝として舟運が発達し、江戸時代末期までは多数の河岸場が整備されていました。

1899年には東武鉄道の伊勢崎線が開業し、日光街道の西側に並行する形で市域を南北に縦断しています。1954年に2町8村が合併して越谷町となり、1958年に市制施行されて越谷市となりました。1962年に伊勢崎線が東京メトロ日比谷線と直通運転を開始した後は、東京のベッドタウンとして急激に都市化が進みました。
中心市街地から離れた春日部市との市境周辺もニュータウンが開発され、1967年にせんげん台駅が開業し、1973年に武蔵野線が開業で浦和方面へのアクセスが飛躍的に向上しました。(画像は越谷市のHPより)